NSK Clinical Report 02
あまり知られていない日本の歯科用回転切削器具の素晴らしさ
歯科用エアータービンと5倍速コントラの臨床使用ポイント
ウエマツ歯科医院 院長
植松 厚夫
はじめに
私たち歯科医師が日常臨床で多用する歯科用切削器具は、普段何も考えずに使用しているが、患者の歯並び・歯の位置・舌、そして頬粘膜など口腔内の状態によって、歯科用切削バーが適切な位置へ到達できない、視認性が悪く切削効率が低下するなどの問題から歯科医師と患者の双方へストレスを生じさせることがある。
今回は、日本で2019年にラインナップされた歯科用エアータービンのS-Max Mシリーズを中心に、5倍速コントラの臨床使用ポイントも含めて報告したいと思う。
1. 歯科用エアータービンを進化させる匠の技
歯科用エアータービンの性能に関する文献をみると、速度・トルク・出力などを比較測定したデータを目にすることが多い¹シリーズは、ローターを保持するボールベアリング部分がセラミックボールで作られているために、従来のスチールボールと比較して約25%硬く、そして重量が約1/2であることから磨耗が少なく長寿命になっている。そして安全性と感染予防に対する配慮からクイックストップとクリーンヘッドシステムが搭載されており、この部分に関しては非常に細かい匠の技が活かされている(図1)。
クイックストップは、エアー供給を停止するとストッパーのゴムが回転軸に接触して切削バーの回転を停止させる。また、クリーンヘッドシステムは、ヘッド部分の給気孔から浸入した口腔内の血液や異物などを排気圧を利用して瞬時に掃き出すシステムである(図1)。この両方のシステムよりサックバックが低減されている²) ³)。
S-Max Mシリーズにおいて、最も匠の技が活かされたのが3X-Power System(トリプルエックスパワーシステム)である。最新の流体シミュレーションソフトウェアを駆使してヘッド内の空気の流れを最適化し、大きなパワーアップを実現させた。
その特徴は以下の通りである。
1. Extended Cylindrical Nozzle
ノズルをヘッドから分離、突出させ、バケットに近づけることで空気の力を高効率で回転力に変換
2. Expanded Rotor Bucket
広いバケット面で無駄なく空気を受けて高トルクを実現。
3. Expanded Exhaust Groove
拡大した排気溝で、バケットが受けたエアーを速やかに排気して、低回転速度域のトルクを向上。
2. 臨床的な選択基準
i) S-Max M シリーズの機能的利点から得られる臨床上のメリット
臨床現場において口腔内で回転切削器具を使用する目的は大きく二つに分けられる。
①既に口腔内に装着されている補綴・修復物を除去するためにスピーディーに勢いよく大胆に使用する場合と、
②天然歯の支台歯形成や歯を抜歯するために優しく繊細に手に伝わる感覚を重要視する場合である。
①の場合は、速度・トルク・出力が高いものを選択して使用する傾向が強く、低回転速度でトルクの強いM900が第一選択になることが多い(図3)。しかし口腔内の狭い環境下では、M900のヘッドの大きさが視界を妨げたり、あるいは開口量が少なく切削操作が難しいことがある。そのような時にヘッドがM900と比較して直径で−1.5㎜、高さで−0.9㎜ 小さいM800を第二選択とすることがある。M800は回転速度がM900より速く、パワーが−3W(表1)である部分を回転スピードで補っており3X-Power Systemの効果で臨床的にはヘッドが小さくなってもトルクの不足を感じさせない。
②の場合は、芯ブレのない安定した回転と歯を切削するには十分なトルク、そして視野を確保する上でヘッドサイズからM800を第一選択としている。そして特に、下顎大臼歯部の舌側歯頸部を支台歯形成するときに、開口量が少なく上下顎歯列弓の距離が近接した場合や天然歯列弓のもつスピー湾曲やウィルソン湾曲によってハンドル部分が歯に接触して形成しにくい条件が揃ってしまったときは、ヘッド部分の直径が−1.6㎜、高さで−1.6㎜小さいM microを第二選択とすることがある。M microは回転速度がM800と同じで、パワーが−3W(表1)であるがヘッドが小さくなってもトルクの不足を感じさせない。それだけでなく、通常90°であるアングルヘッドの角度が100°アングルヘッドであることで歯科医師と患者に生じる形成中の種々なストレスを軽減してくれる(図4)。
ii) 歯科用エアータービンと5倍速コントラの使い分けのポイント
日本でも数年前から、5倍速コントラとして低速回転・ハイトルクの電動ハンドピースが使用されるようになった。患者にとっては歯科治療中に歯を削る音から恐怖心を起こさせていた従来のエアータービン音がなくなり、歯科医師にとってはトルク不足で時間がかかっていた金属冠除去などが短時間で出来るという利点から、臨床で使用されるようになった。また、支台歯形成の質を向上させる目的で5倍速コントラが使用されるようになってきているが、歯科用エアータービンと比較して重量があり、真度と精度が求められる支台歯形成においてはハンドリングに柔軟性が低く、グリップ感が違うという報告もある⁴) ⁵)。
しかし、5倍速コントラは電動モーターの特徴から、低速回転・ハイトルクであり、正・逆回転ができることから、支台歯形成時に冷却注水を少なくしてフィニッシュラインを明瞭に仕上げ形成することができる(図5)。また、CAD/CAM冠などのデジタル化された歯科技工ではフィニッシュラインの仕上げがクラウンのフィッティングを大きく左右するため5倍速コントラは大変重要であり、様々な振動切削器具や歯科用エアータービンと比較しても5倍速コントラのような電動ハンドピースを用いて形成した表面性状が最も滑らかであるという報告がある⁶)。
最後に、審美領域における支台歯形成の重要性、特にフィニッシュラインを真度と精度を重視して形成した症例のクラウン適合性から5倍速コントラの優位性がわかる(図6)。
おわりに
今回の「あまり知られていない日本の歯科用回転切削器具の素晴らしさ」というテーマは、いまから約30年前に海外留学していたときに、NSK(ナカニシ)の歯科用エアータービンが大変人気があり素晴らしい切削器具であることをアメリカで初めて知り、またそれが日本の会社であることに気付いて驚いたと同時に大変誇りに思えた。その頃の自分を思い出させてくれた。
今回ご紹介した歯科用エアータービンのS-Max M シリーズは、M800を中心として低速回転ハイトルクでM900を、視野の悪い口腔内環境で支台歯形成に困らないヘッドサイズとトルクでM microを選択できるようにラインナップされ、私たち歯科医師が選択しやすい配慮がなされていると思う。これは、単に使用し易い歯科用切削器具を製作するだけでなく、治療する歯科医師や治療を受ける患者に対してもストレスが軽減される、人に優しい技術開発があるからだと考えられる。
日本の繊細な匠の技が歯科用切削器具の不可能を可能にして創造を現実にすることを通して、私たち歯科医師に楽しい日常臨床を支え続けてくれることを期待する。
※医院での事例紹介や個人的な感想も含まれます
参考文献
1) Dyson JE, Darvell BW: Dental air turbine handpiece performance testing. Aust Dent J. 40(5): 330-338, 1995.
2) K Masuda, M Ohta, S Ohsuka, M Matsuyama, M Ashoori, T Usami, M Ito, M Ueda, T Kaneda: Bacteriological evaluation of a new air turbine handpiece for preventing cross-contamination in dental procedures. Nagoya J Med Sci. 57(1-4): 69-76, 1994.
3) M Matsuyama, T Usami, K Masuda, N Niimi, M Ohta, M Ueda: Prevention of infection in dental procedures. J Hosp Infect. 35(1): 17-25, 1997.
4) Brian J Kenyon, Ian Van Zyl, Kenneth G Louie: Comparison of cavity preparation quality using an electric motor handpiece and an air turbine dental handpiece. J Am Dent Assoc. 136(8): 1101-1105, 2005.
5) Dan-Dan Pei, Yu-Chen Meng, Ahmed S Fayed, Yu-Fei You, Zi-Xiao Wu, Yi Lu: Comparison of crown fit and operator preferences between tooth preparation with electric and air-turbine handpieces. J Prosthet Dent. 125(1): 111-116, 2021
6) Alessandro Geminiani, Tamer Abdel-Azim, Carlo Ercoli, Changyoung Feng, Luiz Meirelles, Domenico Massironi: Influence of oscillating and turbine handpieces on tooth preparation surfaces. J Prosthet Dent. 112(1): 51-58, 2014
植松 厚夫 Atsuo Uematsu